旧大日本帝国海軍を象徴する戦艦大和。その戦艦大和の海底の画像をご紹介。戦艦大和は1945年4月7日に沈没しています。

1945年4月7日に沈没した戦艦大和

 1945年4月7日は戦艦大和が沈没した日として知られています。戦艦大和の出撃から沈没までの経緯は、正直涙なしには語れないお話だと思います。戦艦大和が沈没に至るまでの経緯は、多くの書籍が出ていますが、最近のものでは、「男たちの大和」が有名。映画化もされました。

 映画「男たちの大和」は正直、色々と脚色しすぎの感はありますが、とりあえず分かりやすい映画ではあります。個人的には、長嶋一茂氏の演技が色々な意味で印象に残っています。色々な意味、そうですね、結構やはり元プロ野球選手なので存在感はあるのですが、演技のほうが何とも・・・、ということで。

 

                          Sponsored Link

沖縄往復の燃料を積んでいた戦艦大和

 戦艦大和の出撃については、色々な所で説明されていますが、管理人としても、現実的には何のための作戦だったか意味が分かりませんが、そこの辺りの話は置いておきます。けど、巷で言われているように、片道の燃料で沖縄に向かったというのは、間違いで、ちゃんと往復分の燃料は積んでいたようです。それこそ、燃料の油を基地の燃料タンクを空にしてまでかき集めて、目的地の沖縄を往復できるだけの燃料を積み込んで出港しています。

戦艦大和を知るなら大和ミュージアム

 そんな戦艦大和について、本当に知りたいなら、広島県呉市にある大和ミュージアムがオススメ。ちなみに大和ミュージアム、正式名称は「呉市海事歴史科学館」です、ご存知でした?
 呉市といえば、旧海軍が大きな基地を置いた都市として有名で、今も海上自衛隊の基地や幹部のための学校があります。

 残念ながら管理人は大和ミュージアム行ったことがありません。前に呉に行った時は、まだ大和ミュージアム完成してなかったんです。呉の自衛隊基地の見学は参加したんですが。次回、広島に行ったら「大和ミュージアム」は、是非とも行きたい場所ですね。実物の10分の1サイズの戦艦大和の模型、是非とも見てみたいものです。

16.4.8戦艦大和1-min
大迫力!大和ミュージアムの1/10サイズの戦艦大和

 尚、大和ミュージアムの詳しい場所は下記を御覧ください。

大和ミュージアムの周辺地図

 戦艦大和の建造を辞めれば空母3隻作れるとか、航空機は何千機作れるとか言われてしまっていましたが、とは言っても、当時戦艦大和を建造できる程の技術力があった国は、日本を除くとアメリカとイギリス程度しかなかった訳で、当時の日本の技術水準の高さを伺うことはできます。実は大和を建造するための工作機械は、海外製だった、という話は案外面白いのですが、これはまたの機会に。日本の工作機械が現在世界中で活躍しているのは、戦中の経験が背景にあるような気がしてなりません。

 話があちらこちらに飛びましたが、4月7日は戦艦大和の沈没した日。戦艦大和及び大和出撃に象徴される、日本というか日本人の特性について、考えを巡らせるのは、今後の日本の方向を考えるのに、一つの参考になるのではないでしょうか?そんな思いを抱きました。

 そして個人的には、大和ミュージアム、行ってみたい、という思いを再認識。次回、広島行くのはいつになるか分かりませんが、行ってみたいものです。

Sponsored Link