平家は源氏に敗れて滅んだ・・・、とどの歴史の本にも書いてあります。けど平家は随分あっさり滅んだもんだな・・・、という印象を持つ方も多いのでは?その辺は源義経というスーパースターの存在で片付けられることも多いのですが、実はその裏には平家の経済事情があった?

 なるほどそーいう説もあるのか、と歴史好きの管理人も思わず唸った「経営者・平清盛の失敗」。なかなか面白い本でした。

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平家が滅んだ理由は源義経?

 源平の合戦、何故に平家が滅んだかといえば、スーパースターの源義経が平家をやっつけたから、というのが一般的な説明になります。

 確かに源義経の活躍はあったのでしょうが、それでも平家は呆気無く滅んじゃいませんか?近年の研究で、源義経の活躍は随分と脚色されている点が判明しつつある中、じゃあ何故平家はあんなにあっさり滅んだのか?、というのは歴史好きとしては格好の研究テーマとなります。

 そんな中で目にしたのは、「経営者・平清盛の失敗」という本。経済視点から平家の滅亡を論じた本です。

宋銭が鍵、平家はデフレとハイバーインフレで滅んだ?

 本書は源平の物語はホントにサラッとしか触れてありません。その意味では、既に源平の合戦について、それなりの歴史的背景等を知っている方が読むと、より楽しむことができます。

 本書では平家の滅亡を、宋銭を鍵とするデフレとハイバーインフレという観点から論じています。

 今まで平家が滅んだ理由は、平清盛をはじめとする平家の横暴や、源義経の活躍等、人や合戦の観点から語られることが多かったのですが、管理人としては経済面から平家滅亡を語られる本書が非常に新鮮に感じました。

 栄華を極めた平家が何故あっさり源氏に敗れ去ったのか。恐らく原因は複合的に折り重なっているのでしょうが、本書を読むと、経済問題も大きかったのか、と気付かされます。

神戸も博多も平清盛が発展させた街

 神戸も博多も日宋貿易を盛んに行った平清盛が発展させた街です。いずれの都市も、平家滅亡後に寂れてしまいますが、それでもその後は100万都市となり現在に至っています。

 神戸は福原遷都で平家との結びつきは有名ですが、博多は意外な方も多いのでは?博多どんたくが、清盛の長男の重盛の供養で始まった、というのは管理人も始めて知りました。

 本書はそんな豆知識も得られます。

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平家は一ノ谷の戦い後に講和すべきだったかも

 歴史にタレレバは禁物ですが、それでも面白いのが歴史のタラレバ。

 平家がもし一ノ谷の戦いの後に、朝廷の仲介の下で源氏と講和していたら、ひょっとしたらまた別の平家の歴史が進んでいたのかもしれません。

 平家は一の谷の合戦後、屋島の戦い→壇ノ浦の戦いを経て全滅する訳ですが、平家は一ノ谷の戦いで将帥クラスを多く失い、戦闘力を大幅に減らしています。その意味では、屋島→壇ノ浦と続く戦いは、終盤戦の第二次世界大戦の日本と似ています。

 一ノ谷の戦い、敗因は源義経の奇襲はじめ、色々と理由はありますが、平家側からすれば、平維盛(平重盛の長男)、平忠度(平清盛の末弟)はじめ、平知盛も息子が身代わりになったために生き残ったという大敗北。ある意味、ここで勝負あった、とも言えます。

 ただし平家には三種の神器という最終兵器が存在しており、それを背景に調停と源氏と交渉して・・・、とすれば、歴史は変わった可能性が。惜しむらくは、そんな高度な交渉ができる人材が平家に残っていなかった可能性が高い点ですが、それでも歴史のタラレバを考えれば、非常に興味深いテーマではあります。

まとめ

 管理人は吉川英治の「新・平家物語」で源平合戦を知ったクチです。久しく源平合戦の歴史も触れていませんが、「経営者・平清盛の失敗」なかなか興味深く読むことができました。

 タマに餃子を食べに行ったりしている神戸、言われれば平家の都でした。全く意識していませんが。そ~言えば、福原にある貝の店にも行きました。現在の福原の姿見たら、平清盛も腰を抜かすのでは(笑)?

神戸餃子専門店のまとめ

神戸「大谷貝つぼ焼」に行ってきた、うまかったぁ

 「経営者・平清盛の失敗」ボリューム感もそれほど無く、サラッと読める歴史モノとしてオススメです。平家滅亡の原因を改めて考えるのも、なかなか楽しいものでした。

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